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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2373号 判決

控訴人(被申請人) 有限会社富洋食品

被控訴人(申請人) サンヨー食品株式会社

原審 前橋地方昭和四一年(モ)第二八四号(昭和四二年一〇月二四日判決)

主文

本件控訴は、棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。原判決主文第一項記載の仮処分決定のうち控訴人に関する部分を取り消す。本件仮処分申請は、却下する。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人及び被控訴人訴訟代理人において、それぞれ次のとおり附加陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

一  控訴人訴訟代理人の陳述

(一)  不正競争防止法第一条第一項第一号にいう商標は、商標法第三条第一、二項の規定により商標登録を受けうべきものでなければならないところ、被控訴人の商標「長崎タンメン」は、商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であり、かつ、使用による特別顕著性を有するものでもないから、前記不正競争防止法の規定により保護されるべきものではない。何故ならば、商標法により独占権を与えることができない商標について不正競争防止法によつて独占使用権を与えるべき必要はないからである。被控訴人の商標「長崎タンメン」における「長崎」は、被控訴人の主張するように、「ただ漠然とした異国情緒を示している」にとどまるものではなく、客観的に見て、明らかに、商品の産地ないしは販売地を直感連想させるものである。しかも、使用による特別顕著性のためには、長年の独占的使用が要件であるところ、被控訴人が即席タンメンに「長崎タンメン」なる商標を使用したのは、他のメーカーに先がけること僅々六か月にしかすぎない。この程度の使用により、商標の自他商品の識別力プラス独占適応性によつて始めて可能となる使用による特別顕著性が生ずる筈はない。

(二)  控訴人の商標「ゴールド長崎タンメン」は控訴人において、独自のパツケージを考案して宣伝に努めた結果、遅くも、本件仮処分命令発令の直前である昭和四十一年三月頃には、控訴人の商品の表示として、関西地方を中心として、ほぼ全国的に周知されていたものであるから、これを使用することにより被控訴人の商品との混同を生ぜしめることはない。

二  被控訴人訴訟代理人の陳述

控訴人の右主張事実は争う。控訴人が「ゴールド長崎タンメン」の商標を使用し始めた当時、「長崎タンメン」が被控訴人の商品の表示としてすでに周知の状態にあつたものである。控訴人の主張は、この事実を忘れたものである。

第三疎明関係〈省略〉

理由

当裁判所が本件仮処分申請を理由があるものと認める理由は、次に附加するもののほか、原審がその判決理由において判示するところと同一であるから、ここに、これを引用する。

当裁判所の附加する判断

一  控訴人は、本件商標は、商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であり、しかも、使用による特別顕著性を有するものでもないから、不正競争防止法第一条第一項第一号にいう商標に当らないものである旨主張するが、この主張は理由がないものである。けだし、本件商標が不正競争防止法第一条第一項の規定により保護せられるためには、それが被控訴人の商品の表示として、わが国内において広く認識されていることを必要とするとともに、それをもつて足り、必ずしも商標法第三条の商標登録の要件を具備することを要するものでないことは、これら二つの法律が支配する対象を異にすることから、きわめて明白なことであり、本件において、被控訴人の商標が商標法第三条第一、二項の登録要件を具備するかどうかなどということを論ずべき余地は全く存しないからである。

二  控訴人は、控訴人の商標は遅くも昭和四十一年三月頃までには控訴人の商品の表示として周知となつていたから、これを使用することにより被控訴人の商品と混同を生ずることはない旨主張し、当審証人富越桂治の証言によれば、控訴人の商標「ゴールド長崎タンメン」は昭和四十一年三月頃までは関西方面を中心として各地において相当宣伝せられ、したがつて、相当程度一般に認識されるに至つたことを認めえないではないが、前判示(原審判決参照)のとおり、被控訴人の商標が遅くも昭和四十年四月当時、その製造販売する即席タンメンを表示する標章として、ほぼ全国において広く認識されるに至つた事実及び控訴人が「ゴールド長崎タンメン」の商標の印刷された包装を使用して即席タンメンの販売拡布を開始したのは、被控訴人が「長崎タンメン」の商標を使用して即席タンメンの製造販売を開始した約一年後である事実並びに「ゴールド長崎タンメン」という標章が、一般にある商標に、「ゴールド」とかあるいは、「スーパー」「デラツクス」という文字を冠した場合そうであるように、品質のより上等な、あるいは豪華な、「長崎タンメン」という印象を一般に与えるという事実(この種の文字の、このような用法がこのような印象を与えることは、一般社会通念に照らして明らかなことである。)を併せ考えると、「ゴールド長崎タンメン」という商標が、宣伝により相当広く認識されるに至つたとしても、それがそのまま、控訴人の商品としての即席タンメンの表示として認識されたものと断ずることはできないから、控訴人の前示主張も採用することはできない。

以上説示したとおりであるから、被控訴人の本件仮処分申請を理由があるものとした原判決は正当であり、本件控訴は理由がないものというほかはない。よつて、本件控訴は、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部高顕 三宅正雄 石沢健)

原審判決の主文、事実および理由

主文

当裁判所が昭和四一年五月九日申請人と被申請人外二名間の昭和四一年(ヨ)第四八号仮処分申請事件についてした仮処分決定のうち、被申請人に関する部分は、これを認可する。

訴訟費用は、被申請人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた判決

一 申請人の求めた判決

主文第一項同旨。

二 被申請人の求めた判決

主文第一項記載の仮処分決定のうち被申請人に関する部分は、これを取り消す。

本件仮処分申請のうち被申請人に関する部分は、これを却下する。

第二申請人の申請の理由

一 申請人は、即席タンメンを含む食品の製造、販売を業とする株式会社であるが、昭和三九年八月一日から「長崎タンメン」なる商標を付して販売する目的で即席タンメンおよび即席タンメンスープ(以下特に区別して用いた場合を除き、両者をあわせて、単に「即席タンメン」という。)の製造を始め、同月一三日頃から、右製造にかかる即席タンメンスープを別紙第二図面表示の包装と同一の包装(したがつて「長崎タンメン」なる商標が記載されている。)に収納し、これと右製造にかかる即席タンメンとを別紙第一図面表示の包装と同一の包装(したがつて「長崎タンメン」なる商標が記載されている。)に収納して販売を開始した。そして、その販路は、当初京浜、関東地方にとどまつていたが、翌昭和四〇年三月頃からは、阪神、名古屋地方、北海道、新潟地方に及び、同年五月現在においては、その一ケ月間の販売数量は、一、五〇〇万食に達した。

二 申請人は、右即席タンメンの製造に着手した昭和三九年八月一日以降、前記商標、包装をもつて販売される右即席タンメンの宣伝を、主としてテレビ放送によつて開始し、順次その宣伝区域を拡大し、右宣伝の効果と前記販売実績とあいまつて、昭和四〇年四月頃以降は「長崎タンメン」なる商標および前記各包装は、いずれも申請人の製造、販売する即席タンメンを表示するものとして、一般消費者に広く認識されるに至つた。

三 ところで、申請外富越桂治は、昭和四〇年五月頃から、「富洋食品」との名称をもつて、「長崎タンメン」または「ゴールド長崎タンメン」との商標を付し、別紙第一図面および第二図面表示の包装と類似した包装を用いて、即席タンメンの販売、拡布を開始し、申請人が製造販売する前記即席タンメンとの間に混同を生ぜしめたので、申請人は昭和四〇年六月前橋地方裁判所に対し右富洋食品こと富越桂治を相手方として、「長崎タンメン」の商標および同人が使用していた右包装の使用禁止を求める仮処分を申請し、同月二五日同趣旨の仮処分決定を得、これを執行した。

四 しかるに、前記富越桂治が代表者である被申請人は、昭和四〇年八月頃前記富洋食品こと富越桂治の事業を引継ぎ、「ゴールド長崎タンメン」との商標を表示した主文第一項記載の仮処分決定添付第一の一、二および第二図面表示の包装と同一の包装を用いて、即席タンメンの販売、拡布を継続した。

五 被申請人が使用している右「ゴールド長崎タンメン」という商標は、申請人の使用している前記「長崎タンメン」という商標に、単に「ゴールド」の形容詞を付したものに過ぎず、申請人の商標と類似し、被申請人の販売拡布する即席タンメンと、申請人の製造販売する即席タンメンと混同を生ぜしめるおそれがある。もつとも、被申請人が即席タンメン(スープを除く)を収納するため使用している前記仮処分決定添付第一の一、二図面表示の包装と同一の包装には、「有限会社富洋食品」という表示がされているが、このような表示がされている場合でも、「長崎タンメン」と類似した「ゴールド長崎タンメン」という商標が使用されている以上、一般需要者をして混同を生ぜしめるおそれがある。

六 そして、被申請人の右不正競争防止法第一条第一号に該当する行為により、申請人はその製造販売にかかる即席タンメンの販路を妨害され、信用を失い、売上が減少し、営業上の利益を害せられるおそれがある。

七 よつて、申請人は、被申請人に対し、即席タンメンの製造、販売、拡布につき「ゴールド長崎タンメン」との商標を使用する行為の差止めを請求する権利があるが、本案判決をまつにおいては被申請人はその間前記行為を継続し、その結果申請人は営業上回復困難な損害をこうむるおそれがある。よつて申請人は昭和四一年五月四日前橋地方裁判所に対し、被申請人が即席タンメンの製造、販売、拡布につき「ゴールド長崎タンメン」の商標を使用することを禁じ、かつ、その使用する前記仮処分決定添付第一の一、二および第二図面表示の包装と同一の包装を使用し、またはこれを使用した商品を販売、拡布することを禁じ、右包装を使用した商品に対する被申請人の占有を解いて執行吏にその保管を命じ、但し執行吏は被申請人の申出があるときは、その包装を開披し、内容物たる即席タンメンおよび同スープを被申請人に返還すべき旨の仮処分の申請をしたところ、同裁判所は同月九日同趣旨の仮処分決定(但し、被申請人の申出あるときは、右包装の「ゴールド長崎タンメン」の文字の塗抹を許し、内容物とも被申請人に返還すべき旨の主文を追加。)をした。右仮処分決定は相当であるから、これを認可する旨の判決を求める。

第三被申請人の答弁および主張

一 申請の理由に対する答弁

(一) 申請の理由一の事実のうち、申請人が即席タンメンを含む食品の製造、販売を業とする株式会社であること、申請人が「長崎タンメン」との商標を付した別紙第一および第二図面表示の包装と同一の包装を用いて即席タンメンを製造、販売していることは認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 同二の事実のうち、申請人がテレビ放送によつて、右即席タンメンの宣伝をしたことは認めるが、その内容、宣伝区域は知らない。「長崎タンメン」との商標および申請人主張の包装が、申請人の製造販売する即席タンメンを表示するものとして一般消費者に広く認識されるに至つた事実は、否認する。

(三) 同三の事実のうち、申請外富越桂治が昭和四〇年五月頃から「富洋食品」との名称をもつて、「長崎タンメン」または「ゴールド長崎タンメン」との商標を付した包装を用いて即席タンメンの販売、拡布を開始したこと、申請人がその主張の頃富洋食品こと富越桂治を相手方としてその主張のごとき仮処分の申請をし、その主張の日に同趣旨の仮処分決定を得て、その執行をしたことは認める。その余の事実は否認する。

(四) 同四の事実は認める。

(五) 同五および六の事実は否認する。

(六) 同七の事実のうち、申請人がその主張の日にその主張のごとき仮処分の申請をし、その主張の日にその主張のごとき仮処分決定を得たことを認め、その余の事実は否認する。

二 被申請人の主張

(一) 富洋食品こと富越桂治の事業を引継いだ被申請人は、同じく富越桂治が代表者である申請外有限会社富越商事と提携して、昭和四〇年九月初め頃より、「ゴールド長崎タンメン」との商標を用い、即席タンメンの販売を始め、本件仮処分の執行を受けるまでの間に一日三万食から二〇万食に及ぶ売上げを示し、その販売区域はほぼ国内全般の地域に及んだ。そしてこの間、被申請人および申請外有限会社富越商事は、右即席タンメンの宣伝に努め、総計約四、七二〇万円に及ぶ宣伝費を投じ、テレビ、新聞等によつて広告をし、小売店に店頭広告を掲げ、モデルによる実演即売をし、また景品付販売をし、なかんづく最終小売段階における宣伝に重点をおいた。このような宣伝と販売実績の結果、遅くとも、本件仮処分申請がなされる以前の昭和四〇年一二月末頃においては、「ゴールド長崎タンメン」の商標は、被申請人の販売にかかる即席タンメンを表示する商標として、本邦の全般にわたつて、広く一般消費者に周知されるに至つたものである。したがつて、被申請人が、「ゴールド長崎タンメン」の商標を自己の販売する即席タンメンの商標として使用しても、これにより申請人が「長崎タンメン」なる商標を用い製造販売している即席タンメンとの間に誤認、混同を生ぜしめるおそれは全くない。故に申請人は、被申請人が即席タンメンの販売、拡布にあたつて「ゴールド長崎タンメン」の商標を使用することを差止める請求権はない。

(二) また、不正競争防止法第一条において差止の対象とされているのは、自らの販売努力または宣伝によらずに、他人の宣伝による他人の商品の信用に只乗りする行為である。しかるに、前記のように被申請人らは、自ら自己の商品の販売のために努力し、多大の費用を投じてその宣伝をしたのであつて、被申請人は申請人の商標のもつ声価に只乗りしたものではない。したがつて、被申請人が「ゴールド長崎タンメン」の商標を用いて即席タンメンを販売する行為は、同条所定の不正競争行為にあたらないのであつて、申請人はその差止めを請求する権利はない。

(三) 元来「タンメン」なる名称は商品の普通名称であり、「長崎タンメン」なる商標は、右普通名称に「長崎」という地名を付したに過ぎないものである。そして、長崎は我国で最も古くから中国と交易があつたため長崎における中華料理は、本場に近い味として有名である。即席タンメンも中華料理の一種であるから、「長崎」はその産地表示に過ぎず、結局、「長崎タンメン」なる商標は即席タンメンをあらわす普通名称であるといわなければならない。

また、申請人は、昭和四〇年五月頃申請外新大和食糧株式会社との間において、同申請外会社が即席タンメンの製造、販売、拡布をするにつき、「長崎タンメン」の商標を用いることを認める内容の販売協定を締結し、また、申請外東海食品株式会社との間においても昭和四一年七月頃同旨の協定を締結しており、そのほか、本件仮処分申請当時においては、被申請人の「ゴールド長崎タンメン」以外に、「ニユー長崎タンメン」、「ケーシーの長崎タンメン」等十数種に及ぶ「長崎タンメン」の商標が、即席タンメンの商標として使用され、これらの商標の付された即席タンメンが広く市場に出廻つていた。これらの事実からすれば、即席タンメンに関する「長崎タンメン」なる商標は、本件仮処分の申請がなされた当時には、すでに取引上即席タンメンをあらわすために慣用せられる表示に過ぎないものとなつていたことが明らかである。

したがつて、被申請人が右「長崎タンメン」の上に「ゴールド」を付して構成した「ゴールド長崎タンメン」という商標を用いて即席タンメンを製造、販売、拡布する行為については、不正競争防止法第二条第一項により、同法第一条の適用が排除され、申請人はその差止めを請求する権利を有しない。

(四) 以上(一)ないし(三)のいずれの理由によつても、申請人は、前記被申請人の行為の差止めを請求する権利を有しないから、本件仮処分申請のうち被申請人に関する部分は、その被保全権利を欠くものといわなければならず、本件仮処分決定のうち被申請人に関する部分は失当であるから、これを取消し、本件仮処分申請のうち右部分の申請を却下する旨の判決を求める。

第四疏明関係〈省略〉

理由

一 申請人が即席タンメンを含む食品の製造、販売を業とする株式会社であること、申請人が「長崎タンメン」との商標を付した別紙第一および第二図面表示の包装と同一の包装を用いて即席タンメンを製造、販売していること、申請人がテレビ放送によつて右即席タンメンの宣伝をしたこと、申請外富越桂治が昭和四〇年五月頃から「富洋食品」との名称をもつて、「長崎タンメン」または「ゴールド長崎タンメン」との商標を付した包装を用いて即席タンメンの販売拡布を開始したこと、申請人が昭和四〇年六月前橋地方裁判所に対し、右富洋食品こと富越桂治を相手方として、「長崎タンメン」の商標および同人が使用していた包装の使用禁止を求める仮処分を申請し、同裁判所は同月二五日同趣旨の仮処分決定をし、申請人はその執行をしたこと、しかるに、前記富越桂治が代表者である被申請人は、昭和四〇年八月頃前記富洋食品こと富越桂治の事業を引継ぎ、「ゴールド長崎タンメン」との商標を表示した主文第一項記載の仮処分決定添付第一の一、二および第二図面表示の包装と同一の包装を用いて、即席タンメンの販売、拡布を継続したこと、申請人が昭和四一年五月四日前橋地方裁判所に対し、被申請人を相手方として、被申請人が即席タンメンの製造、販売、拡布につき「ゴールド長崎タンメン」の商標を使用することを禁じ、かつ、その使用する前記包装を使用し、またはこれを使用した商品を販売、拡布することを禁じ、右包装を使用した商品に対する被申請人の占有を解いて執行吏にその保管を命じ、但し執行吏は被申請人の申出があるときは、その包装を開披し、内容物たる即席タンメンおよび同スープを被申請人に返還すべき旨の仮処分の申請をしたところ、同裁判所は同月九日同趣旨の仮処分決定(但し、被申請人の申出あるときは、右包装の「ゴールド長崎タンメン」の文字の塗抹を許し、内容物とも被申請人に返還すべき旨の主文を追加。)をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二 よつてまず、申請人が何日頃から「長崎タンメン」という商標を使用して即席タンメンの製造、販売を開始したか、また右商標が申請人の製造、販売する即席タンメンを示すものとして広く認識せられるに至つたか等の点について判断する。

各成立に争いがない疏甲第八号証の一ないし六、同第九号証の一、二、同第一二号証の一、二、その表示する包装と同一の包装が申請人の製造、販売する即席タンメンに用いられていることに争いのない同第二五号証の一、二によると、申請人は昭和三八年頃あらたに即席タンメンの製造、販売をする計画をたて、これに用いる商標を考えた結果、長崎のもつ異国情緒から「長崎タンメン」という商標を採用することにし、調査の結果この商標をほかで使つている事例を発見しなかつたので、いよいよ昭和三九年八月一日に即席タンメンの製造を開始し、同月一三日頃から右商標を印刷した即席タンメンの包装(別紙第一図面表示の包装と同一の包装)および即席タンメンスープの包装(別紙第二図面表示の包装と同一の包装)にそれぞれその製造にかかる即席タンメンおよび同スープを収納してその販売を始め、現在に至つていること、右即席タンメンの売上は、販売開始以来順次増加し、翌昭和四〇年四月頃には、月間二、〇〇〇万食に近づき、その売上金額は約四億円に達し、引続きこの程度の売上を維持していること、その販売区域は、関東、京浜、名古屋、阪神方面に主要販路をもつほか、ほぼ、全国各地に及んでいること、申請人は右販売開始と同時に主としてテレビ放送を通じ「長崎タンメン」の商標および前記包装をもつて申請人の製造、販売する即席タンメンの宣伝を行い、昭和四〇年四月頃以降は宣伝費として毎月平均二、〇〇〇万円を投じ、ほぼ日本全国のネツトワークを網羅して宣伝した事実が疏明される。

右事実によると、遅くとも昭和四〇年四月当時において「長崎タンメン」の商標および別紙第一および第二図面に表示する包装は、申請人の製造、販売する即席タンメンを表示する商標、包装として、関東、京浜、名古屋、阪神方面を中心としてほぼ全国一円に及んで一般消費者に広く認識されるに至つたものというべきである。

三 次に、被申請人が、昭和四〇年八月頃から「ゴールド長崎タンメン」なる商標を用いて即席タンメンを販売、拡布している行為が申請人の製造販売する即席タンメンと混同を生ぜしめるものであるかどうかの点について、判断する。

「ゴールド長崎タンメン」なる商標は、「長崎タンメン」との商標と「長崎タンメン」の部分を共通にし、これに「ゴールド」の文字を冠したに過ぎないものであることは、その構成自体によつて明らかである。ところで、本来「ゴールド」という語は英語であつて、「金」という意味をあらわす名詞または「金の」「金製の」「金色の」等の意味をあらわす形容詞として用いられるのであるが、比喩的に「品質の優れた」「美しい」等の意味をあらわす形容詞としても用いられることは、当裁判所に顕著な事実である。したがつて、「ゴールド」の部分は「ゴールド長崎タンメン」なる商標の要部ではなく、右商標は、「長崎タンメン」なる商標に類似しているといわなければならない。そして、「長崎タンメン」が申請人の製造販売する即席タンメンであることを認識している消費者が、「ゴールド長崎タンメン」なる商標を付した即席タンメンに接したときは、後者は前者の改良品または姉妹品であつて、同一の製造販売者によつて製造、販売されたものと考えるのが自然であり、このような混同を生ぜしめるおそれが大きいといわなければならない。

もつとも、極めて注意深い消費者であれば、包装のすみずみまで仔細に点検し、その記載により、「長崎タンメン」の発売元は申請人であり、「ゴールド長崎タンメン」の発売元は被申請人であつて、申請人ではないことを発見するかも知れない。しかし、即席タンメンは、限定された需要者のための特殊なし好品ではなく、広く一般消費者を対象とする大衆食品であり、日常多量に消費され、その価格も低廉であつて、消費者はその購入に当つて慎重に注意して選別するものではないことは、当裁判所に顕著な事実である。したがつて、消費者としては、その包装に示された商標によつて容易に印象づけられ、これを基準として選別して購入し、発売元の相違に気づかないおそれが大きいといわなければならない。よつて被申請人がその使用する主文第一項記載の仮処分添付別紙第一の一、二図面表示の包装と同一の包装に発売元として被申請人名を印刷してあるからといつて、混同を生ぜしめるおそれがないということはできない。

被申請人は、その主張のごとき宣伝と販売実績の結果、昭和四〇年一二月末頃には「ゴールド長崎タンメン」の商標は被申請人の販売にかかる即席タンメンを表示する商標として本邦の全般にわたつて広く一般消費者に周知されるに至つた旨主張するが、前記の事実、ことに被申請人が「ゴールド長崎タンメン」の商標の印刷された前記包装を用いて即席タンメンの販売拡布を開始したのは、申請人が「長崎タンメン」の商標を用いて即席タンメンの製造販売を開始した約一年後である昭和四〇年八月であり、その当時にはすでに「長崎タンメン」の商標は、申請人の製造、販売にかかる即席タンメンを表示する商標として、広く一般消費者に認識されるに至つていた事実ならびに「ゴールド長崎タンメン」なる商標は「長崎タンメン」なる商標に類似する事実からすれば、右被申請人主張事実は、本件全疏明をもつてしても、いまだ疏明するに足らない。

したがつて、他に特段の事情のあることを認め難い本件では、申請人は、被申請人の前示行為により営業上の利益を害されるおそれがあるものというべきである。

四 被申請人は、不正競争防止法第一条において差止めの対象とされているのは、自らの販売努力または宣伝によらずに他人の宣伝による他人の商品の信用に只乗りする行為であるが、被申請人は自己の販売する即席タンメンの販売、宣伝のために自ら多額の費用を投じたのであるから、差止めを受ける理由がない旨主張する。

しかし、同条第一号の規定は、他人の広く認識された商標と同一もしくは類似の商標を使用し、又はこれを使用した商品を販売、拡布して他人の商品と混同を生ぜしめる行為を差止めの対象としていることが明らかであつて、かかる行為をする者が類似商標を付した自己の商品の販売、拡布のために、自ら多額の費用を投じたからといつて、同号の規定に該当しないものとなるわけではないから、被申請人の右主張は採用し難い。

五 更に、被申請人は、「長崎タンメン」との商標は、産地表示の「長崎」と、普通名称の「タンメン」とを結合したものに過ぎず、それ自体普通名称であるから、これを使用する行為は差止めの対象とならない旨主張する。

もとより「長崎」が地理的名称であつて、中国に比較的近い位置にあり、古くより開港場を有していたことは明らかであるが、同地方が即席タンメンの産地もしくはその販売地として著名であるとの事実を疏明するに足る資料はない。したがつて、「長崎」が即席タンメンの産地表示であるということはできないのであるから、これと「タンメン」とを結合した「長崎タンメン」が即席タンメンをあらわす普通名称であるという被申請人の主張は採用し難い。

六 また、被申請人は、「長崎タンメン」との商標は、即席タンメンをあらわすために取引上慣用せられる表示となつていたので、これを使用する行為は差止めの対象とならない旨主張する。

弁論の全趣旨により成立を認める疏乙第二号証の二ないし七、証人越智政一の証言および被申請人代表者尋問の結果によると、申請人は、昭和四〇年六月頃申請外新大和食糧株式会社に対し、「長崎タンメン」の商標の使用を許し、また、申請人主張のごとき「長崎タンメン」との商標ないしこれを要部とする商標を用いたメーカーの即席タンメンが数種市場において販売されている事実が疏明される。しかし右事実から、直に「長崎タンメン」との商標が取引上即席タンメンをあらわすものとして慣用せられる表示となるに至つているものということはできず、他に右被申請人主張事実を疏明するに足る資料はない。

七 そうすると、申請人は、被申請人に対し、被申請人が「ゴールド長崎タンメン」の商標を使用する行為およびこの商標を使用した即席タンメンを製造、販売、拡布する行為の差止めを請求する権利があるものというべきである。

そして各成立に争いがない疏甲第一二号証の一ないし三、第一四、一五号証の各一ないし三、第一六号証、その表示する包装と同一の包装が申請人の製造、販売する即席タンメンの包装として使用されていることに争いのない同第二五号証の一、二、証人越智政一、同小園江五郎の各証言ならびに被申請人代表者尋問の結果によれば、申請人は、被申請人が「長崎タンメン」の商標を用い、主文第一項記載の仮処分決定添付の別紙第一の一、二および第二図面表示の包装と同一の包装を使用して即席タンメンの販売をすることの差止めを、本案判決の確定までまつとすれば、右被申請人の行為により販路を妨害され売上の減少をきたすのみならず、申請人の製造販売する即席タンメンに対する信用を害され、営業上回復困難な損失を蒙るおそれがあることが疏明せられる。したがつて申請人は本件仮処分を申請する必要性を有するものというべきである。

八 以上の事実によれば、当裁判所が昭和四一年(ヨ)第四八号商標使用禁止等仮処分申請事件について、同年五月九日にした仮処分決定のうち、被申請人に関する部分は、相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

第一図面

第二図面

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